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【「不思議の国のアリス」~叡智の迷宮へようこそ~】高山宏先生より激烈メッセージ

51コラボ企画「不思議の国のアリス」~叡智の迷宮へようこそ~に「アリスに驚け!」というテーマでお話をいただいた‟学魔“と称され、元大妻女子大学の副学長で「不思議の国のアリス」研究の第一人者である高山宏先生から、本企画に対して激励メッセージをいただきました。原文は以下の通りですが、高山先生の原稿を電子book形式で公開します。(ご本人の許可をいただいています)

※本コンテンツは無料コンテンツですが、ご覧いただくには「51オンライン」の無料会員登録が必要となります。

以下が、高山宏先生のメッセージです。

『不思議の国のアリス』と続篇『鏡の国のアリス』が発表された一八六五年、七一年という想像力/想像力充実の時期と、作者ルイス・キャロル晩年(一八九八年没)の時期との関係がキャロル研究究極の大問題である。人間界と妖精界の関係を平行して語るうちに語り手「私」が都度どの世界にいるのか輻輳してよくわからなくなる長篇かつ正続二篇の『シルヴィとブルーノ』という結局は「愛が克つ」というべたべた甘々の妖精物語を書く傍で言葉や論理を数学記号の演算として処理するハンプティ・ダンプティそのもの、コンピュータゲームそのものに取り組んだ記号論理学の難解なテクストを残す。同じ一人の人間の作とは信じがたい。これに匹敵する「分裂」が『アリス』と晩年の『シルヴィとブルーノ』の間にもあって、たとえば『アリス』に比べて『シルヴィ』は晩年の作者の想像力の弛緩の結果とみて否定するような愚かしい読み方が長いあいだ普通にされていた。そんな馬鹿なっ!
 
 キャロル晩年の書棚をみて驚く。スピリチュアリズムの本だらけなのだ。数秘術・錬金術・大宇宙小宇宙の照応思想etc.etc。むろん妖精論も。『シルヴィ』には変成意識をベースにした創作術の理論が盛られ、「エンテリック・ブディズム」、真密台密の仏教世界をも視野にという衝撃的な一文さえ出てくる。最終章「東へ」は明らかに同時代の英国のアングラを席捲したインド神秘主義への耽溺が透けて見える。無茶を言っているわけではない。同時代登場の英国心霊研究協会(エス・ピー・アール)創立メンバーの一人がキャロルことチャールズ・L・ドジソンだったのだ。哲学者ベルクソン、物理学者キューリー夫人など時代の知性の最先端が薔薇十字団思想に染まる。ケルトの大詩人W・バトラー・イエイツは無論、知的探偵の生みの親のコナン・ドイルまでが晩年は奇術師ハリー・フーディニーを伴ってオカルト伝道師と化した!こういう動きのど真ん中に晩年のキャロルもいたということを、今回の51コラボレーションズ企画ほど徹底して分からせてくれる企画はない。
 
 ヨーロッパ的知性の極限は十七世紀半ばに体をなした数学、そして言葉の数学たる論理学だった。キャロルがその両方に跨る「理系」のプロだったことに意味がある。そのキャロルが壮年期に入る頃、彼が生計と頼ったユークリッド幾何学が完全に転覆させられ、自然言語で何とか動いたアリストテレス(アリス<と>テレス!)論理学が説得力を喪った。三世紀近く西欧合理主義的知性の支えであったものがキャロルその人の手中で崩壊していった。そこにケルトや、カバラや、つまりは言語のマニエリスムが浮上して何のふしぎがあろう。
 
 晩年にみられる矛盾というか「空隙」はこうやって埋められる。そして同じことが絶頂期?のキャロルと晩年の彼の間にあるとされてきた断絶についても言える、というのが、この拙文の一番言いたいことである。つまりキャロルは晩年になってオカルトになったわけでは実はなくて、すでにして『不思議の国のアリス』において存分にオカルトしていた、というかオカルトだったのだ!『シルヴィとブルーノ』のハイライトはドイツ人教授が二枚のハンカチを使ってクラインの壺(メビウスの輪)をつくり、財布に見立てて中に硬貨を入れ、それが中に入った途端、みな外に出てくる「マジック」を披露する場面だろう。メビウスの輪が発明された直後に刊行されたのが『アリス』である。非ユークリット幾何と同じ頃、形になった位相幾何学の方で片(単)側空間と称されるメビウスの輪では表は裏、裏は表であって、現と思っていたら夢、夢なのか現なのかといいながら投げ出されるウサギ穴や鏡の向うはメビウスの輪以外の何であるのだろう。発見者アウグストゥス・メビウスの孫のパウル・メビウスが神経生理学者となり、祖父の発見したこのオカルトな逆説的片側空間を統合失調症の患者の治療に使い始めたという面白すぎる逸話ひとつで、数学というオカルトに淫したルイス・キャロルの謎はあらかた解けるかにみえる、この51企画のお陰で!


<プロフィール>
1947年岩手県生れ。翻訳家。その博覧強記ぶりは「学魔」と評され独自の表象文化論を構築した。東大文学部英文科卒。東京都立大学教授、首都大学教授、明治大学教授、大妻女子大学教授、その後、大妻女子大学副学長を経て現在に至る。『アレハンドリア アリス狩りⅤ』等著書多数、『アルチンボルド』(ジャンカルロ・マイオリーノ)、キャロル『鏡の国のアリス』佐々木マキ・絵、高山宏・訳(亜紀書房)、マガイアー『ボーリンゲン』(白水社)、スウィフト「ガリヴァー旅行記」(研究社)等訳書多数。

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